タイトル 地底旅団ROVER元老院第380回CAVING
サブタイトル 岩手県1000m級洞窟パトロール at 岩泉町・相良八郎の穴&遠野市・仙人洞
分 類 合同・ファンケイビング
入洞洞窟 相良八郎の穴(相良向かいの穴−八郎沢の風穴)、愁麗洞、桃の木洞、子桃の木洞、仙人洞、観音岩第1洞(沓掛観音穴)、観音岩第2洞、観音岩第3洞、片岩第1洞、幽玄洞、子安観音洞第1洞(マリア観音洞、東山観音窟)、子安観音洞第2洞、子安観音洞第4洞
日 程 2020年3月28日(土)〜29日(日)
参加者 千葉の、山田陽介(東洋大学探検部ОB) 以上2名
岩手日報
2020年3月24日付 岩手日報
岩手県下閉伊郡岩泉町において3月27日、龍泉新洞に関する岩泉町長への報告及びプレス発表が行われた。そのまま帰京するのはもったいないので、岩手県内の1000m級洞窟の確認、今後の調査の方向性を検討するために企画された。
なお、活動前は以下の通り。
26日、東北新幹線にてJR東京駅からJR一ノ関駅へ移動。山田邸宿泊。
27日、車両にて岩泉町へ移動。岩泉町役場訪問。龍泉洞観光センターにてプレス発表(岩手日報、河北新報、読売新聞)。龍泉洞温泉ホテルにて宿泊。

28日6:00、目が覚めてしまった。テレビを見ながら朝食時間を待つ。

7:00、1F「溪雲の間」へ行くとすでに山田がいた。たっぷりの朝食を頂くが、新型コロナウイルス感染症拡大防止ということから、岩泉ヨーグルト食べ放題はなし。ちょっと残念。

8:00、まだ寝ている他3名を残し、ロビーで岩手日報に載った龍泉新洞記事を読んでから、ホテルを出発。山田運転で県道7号(久慈岩泉線)を北上する。
途中、車窓から江川ドリーネ中戸鎖洞(岩井窟)を見るが、寄っている時間はない。

三鉄 龍泉洞の水
三鉄 龍泉洞の水
9:00、三陸鉄道久慈駅に到着。駅舎内にある「三陸リアス亭」へ行き、お目当ての「うに弁当」を購入。
隣接する土産コーナーでは多くの「あまちゃん」グッズが販売されており、根強い人気が感じられる。そんななか、三陸鉄道とのコラボ商品「三鉄 龍泉洞の水」を発見。中身はオリジナルと同じだが、「鉄道むすめ」がデザインされているという代物。2012年発売開始というが、三陸鉄道主要駅でしか売っておらず、8年間も存在を知らなかった。

9:15、行動食として何か地元のものを買おうと「道の駅くじ やませ土風館」へ移動。 周辺には多くの露店が出店しており、干しカレイがぶら下がる光景が見られた。
入店すると、ここでも干しカレイが並び、「あまちゃん」グッズ多め。久慈銘菓である沢菊「ぶすのこぶ」と清林堂「琥珀の詩」、それに半分乾燥したような餅を購入。

9:30、ローソン 久慈二十八日町店に寄ってから出発。運転手は引き続き山田。国道45号を太平洋を見ながら南下。
野田村から安家川沿いに内陸へ入ると、いたるところで河川工事が行われていた。2016年台風10号から4年、被害は根深い。

10:30、年々口橋に到着。すぐさま準備して、30分後に八郎沢へ出発。

うに弁当
うに弁当
相良八郎の穴・八郎沢の風穴洞口
「八郎沢の風穴」側の洞口
相良八郎の穴
水流部へクラックを降りる
相良八郎の穴・地獄のぞき
竪穴部「地獄のぞき」を覗く
11:10、千葉の15年前(地R元第152回CAVING)の記憶をたどり、無事に「八郎沢の風穴(八郎の落とし穴)」洞口に到着。
古いリングボルトやスピットアンカーを使って竪穴洞口にロープセットする。

11:20、ちょっと早めの昼食。洞口で食べる「うに弁当」は、蒸しうにはもちろんだが、出汁がきいたご飯が美味しい。もう一つ買ってもよかったかも。

11:40、入洞開始。−6.5m降りる。2名活動なので万が一のことを考え、すぐ先の−2m段差にも洞口からのロープを伸ばす。
11頭のテングコウモリのコロニー、キクガシラコウモリを観察しながら高さ40cmの狭洞部を抜け、ホール「弥生広場」へ到着。さらに多くのコウモリがおり、キクガシラコウモリの標識の記録をとる。
ここから洞奥へは竪穴部「地獄のぞき」経由と、竪穴装備なしで行けるルートがある。千葉の19年前(地R元第64回CAVING)の記憶をたどり、+50度の泥坂を登る。
その後は水流音を頼りにあちこち突っ込みながら、なんとか下層部まで到着。こんなに大変だった記憶はないのだが・・・。

12:30、水流を進むと段差が現れた。行きは飛び降りれば行けそうだが、帰りはホールド不足でちょっと不安である。ここは無茶をせず、撤収することを選択。きっと、19年前は渇水期で水没部を潜り抜けたのだろう。

13:00、ホール「弥生広場」まで戻る。竪穴部「地獄のぞき」を覗き、アンカーを確認して、次回は素直に竪穴部を降りようと話して撤収する。

13:30、出洞。沢を下りながら「相良向かいの穴」へ向かう。
「八郎沢の風穴」との位置関係、山田のGPSデータ、1971年の報告書記載から付近を探すが「相良向かいの穴」は見つからない。

14:50、80分間探してギブアップ。
まずは15年前に入洞した細野に連絡するが全く記憶にないとのこと。
ついに東北の大御所:菊地氏に電話をすると、事細かに教えてくれた。作業道の形まで記憶しているのか(驚)。

愁麗洞・洞口
埋まっている「愁麗洞」
相良八郎の穴・第1ホール
「相良向かいの穴」側も水没
15:00、まずは「愁麗洞」に到着。ここは年々ケイブシステムとして「八郎沢の風穴」「相良向かいの穴」と接続している洞窟である。いつの頃からか、石で入洞不可能と報告されている。
詰まった石を観察すると、人力ではかなり厳しそうだが、電動ウィンチなら撤去できそうである。6年早ければ、千葉のサファリで洞口まで近づき、搭載ウィンチで難なく開洞出来たのにと悔やみきれない。

15:15、やっと「相良向かいの穴」に到着。なかなか立派な洞口である。久慈銘菓で小休止してから入洞。
横穴部を進み、直径50cm「地獄門」を進んで「第1ホール」に到着すると、そこは水没していた。今年は雪解けが早いのが影響しているのだろう。

15:30、撤収開始すると「地獄門」付近でハクビシン1頭と遭遇。洞口から約50m。やつらはどうやって暗闇を徘徊できるのか、そのような事例が確認されているか、本当に興味深い。そのうち動物園に尋ねてみよう。

16:00、出洞。探すのに90分、洞内に45分。ケイビングは奥が深い。
まだ活動時間に余裕があるため、山田のリクエストで「桃の木洞」へ向かうことにする。

16:20、年々林道を進んで洞口付近に駐車。徒歩アプローチを開始。

16:30、「桃の木洞」付近に到着。
まずは、いままでスルーしていた「子桃の木洞」に入洞してみる。3分で出洞。もう入ることはないだろう。

桃の木洞・洞口
立派な「桃の木洞」の洞口
桃の木洞・サンドスキー場
斜洞「サンドスキー場」で水没
16:40、「桃の木洞」に入洞。足早に洞奥へと向かう。
分岐「三界」に到着。まずは右方向(支洞)へ5mほど進むと、やっぱりハクビシン6頭に遭遇。ここまで洞口から約120m。ここまではアップダウンが少ないとはいえ、漆黒の世界を進むことが出来るのは不思議である。
更に洞奥へと進んで「双子地蔵」までくると、先ほどとは別の1頭もいた。6年前(地R元第304回CAVING)と同様に7頭か。
分岐点へ戻り、左方向(本洞)へ。−2m段差を残置してあるアルミ製梯子で降りると、100頭以上のキクガシラコウモリを確認。標識の記録をとる。
通路「玉砂利坂」を過ぎ、−30度の斜洞「サンドスキー場」に到着。ここで予定通り水没。

17:10、出洞。薄暗くなるなか、速やかに着替えて出発。運転手はやっぱり山田。
国道45号と三陸自動車道を南下、宿泊先である釜石市を目指す。随所に東日本大震災の津波記録が表示されている。

19:30、陸中海岸グランドホテルに到着。フロントで居酒屋までの所要時間を尋ねると、徒歩20分ぐらいとのこと。タクシーを呼んでもらう。

20:00、数件を物色した後、山田が来たことがあるという「炭火焼料理と地酒 ろばたや 釜石店」に入店。地魚や郷土料理、地酒を堪能する。

22:30、酔っ払い2人は最短距離でホテルを目指す。10分でホテルに到着。

23:30、展望大浴場で汗を流してから消灯。
9日7:00、起床。朝食。

7:50、チェックアウト。今日の運転も山田。

8:00、「ローソン 釜石大町二丁目店」にて昼食を購入。コラボ商品「がんばれさんてつ!パンケーキ」なるものを発見。岩泉牛乳入りの生地とホイップクリーム、久慈市産山ぶどうピューレ入りのジャムとある。これはご当地グルメということで購入。

8:30、仙人トンネルに到着。ここはトンネル工事中に洞窟が出たということで、待避所に車を停め、壁面や湧水を見学。

8:50、仙人トンネル公衆トイレ付近に到着。
山田が在京に活動開始連絡をしようとすると、トンネル脇の公衆電話は不通状態。携帯電話がつながるところまで遠野市側へ山を下りる。
千葉はその間、近くの「観音岩」を偵察。立派な石灰岩壁で、クライミングゲレンデでもあるようだ。簡単に洞窟を見学してから公衆トイレ付近まで戻る。

仙人洞・洞口
「仙人洞」の洞口
仙人洞・出合いの間
テングとユビナガコウモリの混成
仙人洞・わにの口
新洞部の入口は狭い
観音岩第2洞
「観音岩第2洞」の巨大な洞口
9:30、「仙人洞」への徒歩アプローチ開始。5分で到着。
下の洞口(流出口)から入洞開始。洞奥へのルートを探しながら進むと、コウモリが40頭ほどいる「出合いの間」に到着。温湿計があるところを見ると、ここで誰かがコウモリ研究しているようだ。
キクガシラコウモリ、15頭からなるテングコウモリコロニー、テングと混成するユビナガコウモリ2頭を確認。標識の記録をとる。この個体は後日、5年4ヶ月前に27.4km離れた稲荷穴(地R元第318回CAVING)で放逐したものと判明。まさか関係していたコウモリにこんなところで再会するとは。
斜洞「仙人の衣」を進むと旧洞最奥部に到着。新洞部へと続く竪穴部「わにの口」を探す。あった。しかし、狭い。千葉は中間地点である−3mまで降りたが、この先は行けないこともなさそうだが、登り返しが不安である。山田は物理的に無理。無茶をせず、撤収することを選択。2人活動は慎重にならざるを得ない。
帰路、コウモリのいない「こうもりのねどこ」、水流レベルの「サンゴの窟」「出水の舘」を見学。トワダカワゲラの一種を観察。

11:50、上の洞口から出洞。洞内時間は140分。今日も消化不良である。

12:00、石灰岩壁「観音岩」へ移動。まずは「観音岩第1洞(沓掛観音穴)」に入洞。信仰洞でもあり、大正14年奉納の手水鉢が置かれていた。1966(昭和41)年の時点では木造小祠や木像、石像もあったらしい。僅かに残っていた氷筍を見て終了。

12:05、「観音岩第2洞(銭吹穴)」に入洞。幅32m×高さ8mという巨大洞口で、天井部分は崩落で開口している。ここでは1624(寛永元)年に松崎光興寺の住僧が贋銭を鋳造していたと言われている。

12:20、「観音岩第3洞(立割穴)」に入洞。洞内外には不法投棄されたゴミが散乱。悲しい。
この第2洞と第3洞の前は広場になっており、戦時中に石灰石を採掘していた名残らしい。ここまでのアプローチ道は旧仙人峠駅(公衆電話のある広場)までのトロッコ用レール跡らしい。

12:30、対岸に渡って「コウモリ穴」を探すが、資料を持参しなかったため見つからず。

13:00、諦めて公衆トイレ付近まで戻って活動終了。着替えて昼食。

13:30、「片岩」に立ち寄る。ここも立派な石灰岩壁である。対岸から「片岩第1洞」を見学。総延長9mという小規模だが、ここを調査した落合氏によると、洞奥にはロマンがあるらしい。次回は振動ドリル地参か。

13:40、山田の運転で現地を離脱。まだ時間もあるので、釜石自動車道と国道456号線経由で観光洞「幽玄洞」へ向かうことにする。オレンジカード「幽玄洞」にはリムストーンがデザインされているが、約20年前の記憶では見た覚えがないため、その確認である。

幽玄洞・案内所
20?年ぶりの「幽玄洞」
観音霊山
山門の奥には「子安観音洞第1洞」
14:50、「幽玄洞」に到着。身分を隠して入洞。説明板にある菊地氏の名前を探したり、ウミユリの萼の化石を観察するが、やはりオレンジカードにあるリムストーンはなかった。意図は兎も角として、「白蓮洞」のリムストーン写真が使われたようである。

15:30、出洞。猿沢川の石灰岩を観察しながら上流へ向かう。石段があるようにも見える洞口があるが、各報告書には載っていないようである(後日、残存洞と判明)。

15:40、「観音霊山」に到着。ここは小さな洞窟が4つある。
しかし、山門には「落石の恐れがありますので閉山しております。」とあった。仕方がないので、隙間や対岸から観光。

16:00、「幽玄洞」まで戻って職員の方に素性を明かして談笑。岩手日報の龍泉新洞記事も知っていた。
最後も山田の運転で出発。

17:00、 ヤマト運輸 一関中央センターによってからJR一ノ関駅に到着。山田と解散。
新幹線チケットを購入すると、新型コロナウイルス感染症の影響でかなり空いているとのこと。構内で土産や肴を買って新幹線を待つ。

17:48、JR一ノ関駅を出発。一両に20人もいない。

20:00、JR東京駅に到着。


「相良八郎の穴(相良向かいの穴−八郎沢の風穴)」、特に「八郎沢の風穴」側は再測量しても良いと思われる。渇水期には双方から再チャレンジしてみたい。
「愁麗洞」は発見当初もディギングして入洞したらしいが、車載ウィンチ、またはハンドウィンチを使用すれば再開洞できそうである。
「桃の木洞」もおかしな点が複数あるので、再測量しても良いと思われる。
「仙人洞」はレスキュー体制を整えた状態で新洞部へ行ってみたいが、痩せなければ無理かもしれない。(文責 千葉伸幸)

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