| タイトル | 地底旅団ROVER元老院第428回CAVING | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
| サブタイトル | 御嶽山洞窟群所在地確認調査 at 鹿沼市 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 分 類 | 調査ケイビング | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 入洞洞窟 | ムジナの穴(大沢洞)、御嶽大神御岩戸(御岩戸洞)、八海山(八海洞)、奥ノ院洞、八坂様(八坂洞、八坂大神の穴)、倶利伽羅不動(くりから洞)、浅間神社鍾乳洞(浅間洞、浅間大神の穴) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 日 程 | 2025年11月30日(日) | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
| 参加者 | 櫻田、千葉、矢島 以上3名 | ||||||||||||||||||||||||||||||||||
2024年10月に開催された日本洞窟学会大会第50回大会(佐野市葛生大会)及び6〜9月プレ活動(地R元第410回CAVING、第411回、第412回、第413回)の経験を踏まえ、ヤマビルの休眠する冬場を狙い、三峰山域の洞窟の再確認、GPS座標の計測を目的として実施した。 なお、調査団体によって洞窟名は複数あるが、管理者である御嶽山神社による呼称を優先し、その次は初測量を行った団体の呼称を採用した。 30日8:30、ファミリーマート 栃木尻内町店にて集合。行動食と飲料を購入。千葉はなかなか産まれてこない結石のため、度々のトイレタイム。 9:00、御嶽山神社に到着。社務所にて宮司さんに挨拶と活動内容を伝えると、この20年程は入洞していない洞窟もあるようであった。 駐車場に移動して活動準備。 9:30、準備を終えて出発しようとすると、隣家の方より2週間ほど前に付近で熊が出没した話を聞かされる。今年は全国的に熊出没のニュースに事欠かない。 駐車場を出発。境内の三峰山里宮より階段を上り、祖霊殿の脇を進み、獣害除けのフェンスを越えて登山道に入る。 10:30、鬱蒼とした杉林を歩き、清瀧不動を左手に進む。報告書プロット図を頼りに普寛堂の付近より北へ逸れると、程なく「ムジナの穴(大沢洞)」を発見した。測量図と洞内の様子も概ね一致していることを確認する。
「御嶽大神御岩戸(御岩戸洞)」の洞口は基部から8m程上、切り立った岩場に開口しており、アプローチ用の鎖2種(鉄製とステンレス製)が設けられていた。鉄鎖には短冊状の金属札が吊るされており、表裏にそれぞれ文字が刻まれている。 (表) 奉○○館林講内 ○○○○○○ (裏) 弘化二年巳六月 細○○○○○ かなり腐食しているが判読できた文字より、1845(弘化2)年6月、講中の者より奉納されたものではないかと推測される。 また、洞内には銅板製の祠などが祀られており、正面上部と下部に右書きで「講行天」「町河古」と記されている。向かって左側面には祠を寄進した天行講の者とみられる「栗原豊吉」「石井高春」の名前が記されている。 ※吉は土+口 「御嶽大神御岩戸」の洞口へ向かって数メートル左側には「八海山(八海洞)」の洞口があり、洞口上部には金属製の紙垂が掛かり、岩肌には八海山神社と彫られている。いずれも延長は短く、「八海山」にいたっては身体を入れられるのはごく僅かな空間である。これは洞窟の定義(長さ2m)ギリギリである。 11:45、「御嶽大神御岩戸」洞口直下のベンチにて小休止した後、奥の院を目指して出発。20分程で奥の院へ通じる稜線へ至る。 12:15、奥の院に到着。付近を散策すると、鳥居と奥の院の中間地点に落ち葉で埋没しかけている暗部を発見。これが「奥ノ院洞」のようである。堆積した落ち葉を掻き出すが、入洞できるほどの開口は得られなかった。洞口および洞内は湿り気を帯びており、覗き見ると空間は右下方へ伸びている様子であった。小柄な者なら入洞できそうである。 奥の院前の日向で昼食。 12:45、奥の院を出発。「御嶽大神御岩戸」への分岐まで戻り、そこから稜線に沿って剣ヶ峰、三峰山方面へ進む。 13:15、右側(南側)に吉澤石灰工業株式会社の採石場を見つつ剣ヶ峰を越えると、「八坂様(八坂洞」)への分岐に到着。分岐の道標はあるが、その先は踏み跡も少なく荒れている。 13:30、稜線から北側斜面へ下りながら進むと、5分程で「八坂様」に到着。洞口前の左右には金属製の灯籠が設けられているが、著しく破損している。 洞口より数メートル下ると鉄梯子が設けられているが、その梯子までのホールドが乏しく、フリーで下るのは危険と判断。洞口付近の確認にとどめ、勇気ある撤退を決断する。 報告書によると同標高付近には「雷電様(雷電洞)」があり、さらに北へ進んでその捜索に移る。 14:20、小一時間ほど要して想定される一帯を捜索したが、石灰岩露岩はあるが「雷電様」は発見できない。報告書プロット図が違うようである。他の洞窟の確認も残っていることから戦略的撤退を決断。三峰山への稜線に復帰する。 14:30、右側(南側)にドリーネを見ながら進むと、その先で登山道は右に折れ、急な下り坂に転じる。下り始めると報告書プロット図にある「月山様(月山洞)」「権現様(権現洞)」からは次第に遠ざかってしまった。 11月末とあって既に太陽は大きく傾いており、限られた時間で確認できる「倶利伽羅不動」「浅間神社鍾乳洞」を優先することとして先を急ぐ。 14:15、「倶利伽羅不動(くりから洞)」に到着。洞口前は広く開けており、通り過ぎた先には「権現様」「月山様」へと続くと思われる踏み跡がうっすらと続いている。 洞口付近には石造りの扁額が地面に置かれており、正面および両側面にもそれぞれ文字が刻まれている。1806(文化3)年に寄進されたものであることはわかったが、当時の姿を窺える痕跡は確認できなかった。
15:15、「倶利伽羅不動」から登山道を数分ほど下り、案内板に沿って進むと「浅間神社鍾乳洞」に到着。 洞口には鉄格子の門が設置されており、借用した鍵で南京錠を解錠するも、門扉が錆で固着していた。ふたりかかりで引っ張ってもビクともしない。手ごろな石をテコの要領で用いて無事に開く。 洞口から近い狭洞部はオオゲジの巣窟と化していた。千葉は入洞を一時ためらう。 オオゲジが見えてないフリをしつつ洞奥へ進むと、溜め糞の先に突如として背丈以上の石筍が聳える空間に到達する。この石筍だけが独立しており、かなりの存在感である。 リムスートンプールとフローストーンの複合体、コキクガシラコウモリのコロニーなど、しばし洞内を観察。 15:45、門扉を元通りに施錠して出発。なんとなく「ヒヨドリの穴」を探しながら下山。 16:10、石祠が置かれた涸れ沢との出合いを通過。こちらの涸れ沢上流域に「ヒヨドリの穴」があるのかもしれない。 日没が近づいており、早足で下山する。 16:20、御嶽山神社駐車場に到着。 遅くなってしまったため、着替えずにそのまま社務所へ下山の報告へ向かうと、洞窟報告書を所有しているという。見せていただくと、報告書は1970年代に津田塾大学探検部による「栃木県の石灰洞中間報告」であった。青焼きをホチキス留めしてある。千葉は第1次から第4次の報告書を持っているが、製図した測量図が載っている報告書は初めてである。千葉・矢島が宮司さんからヒアリングを行う間、櫻田は複合機をお借りして報告書の写しを取る。 ヒアリング結果は次の通り。 ・御嶽山(北辰ヶ岳)は三峰山(鍋山)の別名ではなく、木曽御嶽山信仰の山域名。 ・昭和末期まで信仰が盛んだった。 ・御嶽山神社(もしくはその前身)は神仏習合であったが(倶利伽羅不動と八坂大神など)、神仏判然令により神社となった。 ・竪穴「八坂様」の−20m地点で修行を行っていたらしい。 ・奥の院の下方にも洞窟があり、「奥ノ院洞」とつながっているかと煙を焚いたことがある。 ・三峰山山頂には富士信仰の浅間神社があり江戸時代は盛んであった。 ・三峰山への登山ルートは複数があり、栃木市鍋山町門沢からのルートがメインであった。 全洞を確認することができなかったため再び訪問することを伝え、境内の大イチョウからの銀杏をお土産に頂いて撤収する。 17:15、暗闇の駐車場で着替えを済ませて出発。 定番となっている活動後の佐野ラーメンだが、今回は矢島が佐野出身者から薦められた老舗店へ向かう。
18:15、蜂屋食堂に到着。が既に完売のため閉店していた。次候補へ向かう。こちらも矢島が薦められた店である。 18:30、佐野山銀 本店に到着。手打ラーメン(820円)と手造り餃子3個(360円)を注文。コシのあるちぢれ麺とあっさりとした醤油スープが佐野ラーメンの特徴だが、千葉は麺がワンタンのようだとやや不満。野菜メインの餃子も美味しかった。 19:00、駐車場にて解散。
当初予定では三峰山域の洞窟を一気に確認して終えるつもりであったが、山狩りするも「雷電様(雷電洞)」は発見できず、「権現様(権現洞)」「月山様(月山洞)」は時間切れで探索すら行えずに次回へ持ち越しとなってしまった。その一方で、これまで得られていなかった過去の調査報告書を入手できた点も含め、活動を行った意義を感じられた。ヤマビルが活動しない時期のうちに残る洞窟についても確認を終えたいところである。(文責 櫻田真人・千葉伸幸) |
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