タイトル 地底旅団ROVER元老院第429回CAVING
サブタイトル 御嶽山洞窟群所在地確認調査 at 鹿沼市
分 類 調査ケイビング
入洞洞窟 雷電様(雷電洞、雷電大神の穴)、権現様(権現洞、三峰山の穴)、倶利伽羅不動(くりから洞)、
日 程 2025年12月28日(日)
参加者 櫻田、千葉、細野、矢島 以上4名
御嶽山神社葛生石灰岩地域に位置する三峰山域は1970年代に津田塾大学探検部、1980年代にコンサルタント会社(明治大学地底研究部が協力)、2000年代に横濱ケイビングクラブによる調査が行われているものの、それ以後に網羅的な調査が行われていない。その報告書を読むと、洞窟の位置が明確でなかったり、明らかに間違っているものもある。
三峰山域の洞窟の再確認を目的として、2025年11月に地R元第428回CAVINGを実施したが、全ての確認が完了できなかった。本活動は確認未了の洞窟を確認、GPS座標の計測を目的として実施した。
なお、調査団体によって洞窟名は複数あるが、管理者である御嶽山神社による呼称を優先し、その次は初測量を行った団体の呼称を採用した。


28日8:30、ファミリーマート 栃木尻内町店にて集合。昼食を購入。
JB74Wジムニーシエラ(細野・千葉)とJB23ジムニー(櫻田・矢島)の2台で御嶽山神社へ出発。

9:00、御嶽山神社に到着。参拝を済ませ、社務所にて宮司さんに挨拶。今回の活動内容を伝えてから駐車場にて活動準備をはじめる。

9:50、駐車場を出発。神社南側の登山口より入山。
昨年12月のケイバー死亡事故(洞外)を受け、単独での山狩りは控えようという話をしながら登山道を進む。

10:10、前回当りを付けていた石祠が置かれた涸れ沢との出合いから右手(涸れ沢)に進み、「ヒヨドリの穴(ひよどり洞)」がある標高250m付近に到達。探索開始。

11:20、手分けして涸れ沢を上流、下流と探索するも見つからず。登山道がある沢へ移動して下流を探索するも、石祠まで行ったが見つからず。
過去の報告によると、洞口は沢沿いの河床よりやや低い位置にあり、高さ30cmと小さいため、土砂や落ち葉の体積で埋没してしまったと思われる。
この頃、千葉の新品長靴に亀裂が入り始める。このフランス製長靴にはハズレ商品があるとのこと。

11:40、「ヒヨドリの穴」の探索は打ち切り、「雷電様(雷電洞)」を目指して、急傾斜の道なき道を進む目指す。
途中、谷をトラバースしなければならず、千葉は通過できたが危険と判断、細野・櫻田・矢島は高巻きして谷を越えることとした。迂回中に目と鼻の先を一頭の鹿が横切っていった。
千葉は数時間前に誓ったにも関わらず、単独での山狩り状態。長靴は右足が崩壊気味。このまま滑落したらしばらく発見してもらえないと心細くなり、他3名にGPS座標を送る。

12:30、「雷電様」への目印としていた剣ヶ峰より伸びる尾根に到達。ここで千葉と迂回組が遠巻きに合流。

12:45、千葉は付近を探索しながら岸壁基部沿いに登ると「雷電様」を発見。周辺には目印がなく、修験者も大変であったであろう。
他3名を呼び寄せて合流、写真を撮ってから洞口脇で昼食を摂る。

13:00、「雷電様(雷電洞)」に入洞。洞口には金属製の灯籠の残骸、洞内にも金属片があった。
半日北側斜面で行動した身には洞内が暖かく感じるが、細野曰く「寒くないだけ」。

13:15、「雷電様」を出発。尾根を登って剣ヶ峰を目指すが、こちらからのアプローチはより目印がないので困難であろう。

13:30、剣ヶ峰に到着して休憩。
徐々に壊れ始めていた千葉の長靴右足は完全に崩壊、サンダル状態になってしまった。左足も亀裂が入り始めていた。

14:00、稜線を三峰山方面へ進み、「権現様(権現洞)」「月山様(月山洞)」への分岐点を確認。
旧道であるため案内板はないが、分岐から北側へ向かうと斜面の突端にステンレス製鎖を発見。しかし、その先はほぼ崖で近寄ることすら怖い。勇気ある撤退。登山道で「倶利伽羅不動」まで下り、そこから旧道を進んで「権現様」「月山様」へ向かうことにする。

14:15、「倶利伽羅不動(くりから洞)」に到着。足がつりそうな細野はここで待機を宣言。千葉・櫻田・矢島は「権現様」を目指して出発。
千葉の長靴は両方とも完全崩壊。

14:30、旧道の痕跡と思しき踏み跡を辿って進んでいくも、次第に踏み跡も無くなってしまった。
岩場を高巻きした先でトラバースライン(トラロープ)が張られた斜面へ到達。千葉は動きが鈍くなってきた矢島に待機を指示。
千葉は大破した長靴をものともせず、危なげなく進んでいく。 櫻田は大量に堆積した落ち葉を払いつつ、慎重に進む。

14:40、「権現様(権現洞)」に到着。岩肌にぽっかりと空く竪穴洞口に、あまりに頼りない鉄梯子がぷらりと掛かっていた。錆びているだけでなく、梯子の片側は地面から離れてしまっており、とても身体を預けられる様子ではなかった。洞内を覗き見るだけに留め、更に先の「月山様(月山洞」へ向かう。

15:00、ステンレス製と鉄製が併設されている鎖場に到着。この急斜面登ると前述した稜線に出る。
この付近はどこも足場が悪く、滑落の危険性が更に増していた。行けないこともなかったが、日没までの時間が迫っていること、千葉の長靴が万全ではないことにより、再び勇気ある撤退を決断。地R元はすぐ撤退する。
その間、矢島は寒さをしのぐためエマージェンシーシートに身を包み待機。戻ってきた千葉からもっと脂肪を蓄えるべきだとアドバイスを受ける。

15:30、「倶利伽羅不動(くりから洞)」まで戻って洞内を再確認する。
通路の断面形状(セクション)は概ね報告書記載の通りであるが、コンサルタント会社による測量図では洞奥があることになっている。この20cm程度の隙間を抜けたということなのだろうか?
また1806(文化3)年寄進の石碑「郷中安全」を再確認。

15:45、「倶利伽羅不動」を出発。日没前に下山するために淡々と下る。

16:20、御嶽山神社駐車場に到着。着替えた後、下山報告のため社務所へお邪魔する。正月準備でお忙しいなか、室内へ通していただいて再びお話を伺う。
ヒアリング結果は次の通り。
・御嶽山神社としての洞窟名を確認(=正式名称に決定)。
・御嶽山神社とは関係ない「ヒヨドリの穴」「ムジナの穴」は最初に調査した津田塾大による名称を採用。
・津田塾大学探検部調査では宮司さんが案内をした。
・「倶利伽羅不動」はコンサルタント会社の測量図にある最奥まで誰も行ったことはない。
・江戸時代は竪穴「権現様」「八坂様」にツルを使って降りて修行していた?
・江戸時代は三峰山での富士信仰が盛んであり、栃木市星野町高内地区では「浅間神社鍾乳洞」で修行や祭事を行っていた。
・富士信仰が廃れ、明治年間から御嶽山神社が信仰を引き継ぐ。
・1844(天保15)年まで「倶利伽羅不動」で修行。
・明治年間から「御嶽山御岩戸」で修行。
・清滝で1週間、普寛堂で1週間、「御嶽山御岩戸」から奥の院を往復しながら1週間、そばと塩のみでの修行。お告げがでるまで続く。激やせする。
・「ムジナの穴」は大雨の時に水がでる。
・山中にある石祠は故人を霊人として祀っている。
・唐沢山神社の鬼門除けが三峰山や御嶽山神社。
色々な有力情報をお話しいただき、最後には御嶽山神社の起こりが書かれた「御嶽山祝詞」を頂戴した。
また、前回閲覧させていただいた「栃木県の石灰洞中間報告」に複写漏れがあったため、再度閲覧をお願いしたところ、年末のバタバタで行方不明となっていた。落ち着いたら探して送付すると言っていただく。

17:30、着替えを済ませて出発。恒例の佐野ラーメンを目指して移動。
途中、栃木市鍋山町門沢地区に立ち寄り、三峰山登山口を探すもよくわからず。

地R元的佐野ラーメンランキング
(どのお店も美味しく僅差です)
1位 青竹手打ちらーめん 木挽亭
2位 さのらーめん 唐沢邸
3位 佐野らーめん いたる
4位 佐野青竹手打ちラーメン 押山
5位 青竹手打ちラーメン 麺や大山
6位 らーめん大金
7位 麺屋ようすけ 堀米店
8位 佐野山銀 本店
18:15、麺屋 貴に到着するも、またしても既に閉店(完売)していた。到着直前に通り過ぎた店へと向かう。

18:30、さのらーめん 唐沢亭に到着。4人揃って手打ちゃーしゅう麺(1250円)と手造り餃子3個(390円)を注文。肉厚なチャーシューが美味しく、このチョイスは正解。暫定2位の美味しさである。かなり大ぶりな餃子はパンチの効いた味付けの餡で食べ応え十分な一方、皮は崩壊気味であった。
食前食後は年賀状へ書き込みタイム。ついかしこまったコメントを書いてしまうが、千葉に「つまらん」とダメ出しを受ける。

19:00 駐車場にて解散。
雷電様(雷電洞) 雷電様付近 権現様(権現洞)
やっと見つけた「雷電様(雷電洞)」 道なき道を登る 竪穴「権現様(権現洞)」
月山様付近 倶利伽羅不動(くりから洞) さのらーめん 唐沢邸
脂肪が足りてない矢島 「倶利伽羅不動」の石碑の再確認 8回目となる佐野ラーメン


「ヒヨドリの穴(ひよどり洞)」については埋没して いる可能性が高いという結論に至ったが、隣の沢沿いの可能性も残されている。
「倶利伽羅不動(くりから洞)」については再確認と宮司さんヒアリングにより、コンサルタント会社による測量図は怪しいが、今後小柄なケイバーを投入して確認するしかないであろう。
三峰山域の未確認洞窟は「月山様(月山洞)」「(仮)奥ノ院洞第2洞」「入大沢洞」「ヒヨドリの穴」「天の岩戸」と残り5つとなった。千葉の新品長靴が大破するなどのトラブルもあったが、大きな事故無く行動を終えられて何よりである。(文責 矢島安菜・千葉伸幸)

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