タイトル 地底旅団ROVER元老院第433回CAVING
サブタイトル 御嶽山洞窟群所在地確認調査 at 鹿沼市
分 類 調査ケイビング
入洞洞窟 御嶽大神御岩戸(御岩戸洞)、八海山(八海洞)、奥ノ院洞、羽鶴北の穴、権現様(権現洞、三峰山の穴)、倶利伽羅不動(くりから洞)
日 程 2026年3月8日(日)
参加者 櫻田、千葉、村野、山口真也(東山ケイビングクラブ) 以上4名
羽鶴北の穴葛生石灰岩地域に位置する三峰山域は1970年代に津田塾大学探検部、1980年代にコンサルタント会社(明治大学地底研究部が協力)、2000年代に横濱ケイビングクラブによる調査が行われているものの、それ以後に網羅的な調査が行われていない。その報告書を読むと、洞窟の位置が明確でなかったり、明らかに間違っているものもある。
三峰山域の洞窟の再確認を目的として、2025年11月および12月に調査活動を実施したが(地R元第428回429回CAVING)、全ての確認が完了できなかった。本活動は確認未了の洞窟の確認および測量を目的として実施した。
なお、調査団体によって洞窟名は複数あるが、管理者である御嶽山神社による呼称を優先し、その次は初測量を行った団体の呼称を採用した。


6:15、櫻田をピックアップした村野車が千葉宅に到着。
まずは千葉トラックから千葉サファリの鉄バンパーを3人で下ろす。100kgほどあるとのこと。ちなみに千葉サファリはストライキ中。

6: 30、村野車で千葉宅を出発。中央自動車道・国立府中ICから首都高速自動車道、東北自動車道と進む。

8:00、北関東自動車道・佐野田沼ICで下りる。御嶽山神社に向かう道すがら、「大釜・駒形石灰の穴」跡地、「大明神の穴」所在推定地、「(仮)庚申塔の穴」「弁天様の霊窟」「弁天様の水穴」の各洞口を沿道から確認。
本来であれば「(仮)庚申塔の穴」の手前で「薙碧洞」の洞口も沿道から容易に視認できたはずらしく、千葉は「見つけられなかったらケイバー失格」と豪語していたが見事にスルー。どうやら3人ともケイバー失格と認定されたようである。温泉にでも入って帰ることにするか・・・。

9:00、予定よりやや遅れて御嶽山神社に到着。山口と合流する。
春の登山シーズンを迎えたためであろう、駐車場には多くの車が停まっており、団体登山客用のバスまで待機している。社務所にて宮司さんにご挨拶をした後、駐車場に戻り準備をする。

9:30、出発。まずは前回発見できなかった「ヒヨドリの穴(ひよどり洞)」を目指す。「山ノ神」を過ぎ、登山道を右に逸れる山道に入り、涸れ沢を遡っていく。

10:00、過去の資料から「ヒヨドリの穴」が開口するとされる標高250m付近に到着。沢の上流下流をくまなく調査するが、それらしいものは発見できなかった。もともと洞口が河床よりも低い位置にあり、天井高も約30cmと低いとのことから、埋没してしまった可能性がある。1ヶ所、河床が白色の石灰岩の母岩となっているところがあったが、土砂が厚く堆積しているうえに倒木が覆いかぶさり、仮にここに洞口があったとしても、今回の装備ではとても掘り起こせるような状態ではなかった。

10:30、「ヒヨドリの穴」の探索を打ち切り、「八海山」を目指す。探索ポイントから北西方向にトラバース気味に進んでいくと、最後は急斜面を下って20分ほどで「清滝不動」で登山道に合流。ここから石祠や石碑などが立ち並ぶ登山道を進む。
数組の登山客とも出会い、なかには中国人グループもあった。このようなローカルな山域(失礼!)にも外国人が訪れるようになるとは、日本も随分と変わったものである。

11:00、「御嶽大神御岩戸」下のベンチに到着。
村野はこの場所に来るのが初めてであったため、せっかくなので「御嶽大神御岩戸」に入洞。小規模であるが内部には祠が祀られており、信仰の深さを感じられる。それにしても、洞口まで10m近い切り立った岩壁となっており、よくもここまで祠を担ぎ上げたものだと感服する。

11:30、櫻田・村野はヒアリングで得た「(仮)奥ノ院洞第2洞」を探索するため、ベンチを出発。
千葉・山口はそのまま残り、「御嶽大神御岩戸」に向かって左側に開口している「八海山(八海洞)」の測量に取り掛かる。体制はスケッチ山口、コンパス&メジャー千葉。洞外には八海山神社という刻字、金属紙垂、刀剣があり、洞内には寺田講社と刻まれた石祠、燭台、金属紙垂、刀剣がある。洞内は洞幅が30cmしかないのでスケッチは楽だが、計測や目視に難儀しながらも、総延長3.2mしかないので30分で終了。

12:00、櫻田・村野は奥の院に到着。
鳥居をくぐった先に「奥ノ院洞」があるのだが、櫻田に洞口を示された村野は、そのあまりの規模の小ささに絶句するしかなかった。しかし頭を突っ込むと奥から湿った暖気が上がってくるのが感じられ、実は内部にはそれなりの空間があるのかもしれない。
とりあえず「奥ノ院洞」の測量は後にし、2人で手分けして、地元の方が「奥ノ院洞」と繋がっているかと煙を焚いたという「(仮)奥ノ院洞第2洞」の探索を行う。村野は山頂の東側、山頂から標高差で10m程度下ったところに岩陰を発見。基部には目測で1mほど下方に続く穴があるにはあるが、天井高が15cm程度で人が入れるほどではない。かといって周辺を探索した限りは他に洞窟らしいものは見当たらず、地元の方がいう穴とは、この岩陰のことかと思われる。いずれにしても人が入れるのは岩陰部分のみで、“洞窟”というにはちょっと無理があり、今回の調査対象からは外すこととした。

12:30、千葉・山口と合流。北風を避けて日向で昼食を取る。

13:00、「奥ノ院洞」測量。体制はスケッチ村野、コンパス&メジャー千葉。計測もスケッチもほぼ洞外からしか行えないという“小穴あるある”な測量で、総延長は2.0m。まぁ、小学生低学年くらいなら入洞できる洞窟ということで。

13:30、奥の院を出発。次の目的地「羽鶴北の穴」に向かう。この洞窟は御嶽山洞窟群ではないが、出流川から登るよりもこちらからアプローチするのが現実的という判断で、今回の活動に組み込まれたものである。
元来た道を戻り、三峰山の稜線まで出たら進路を西に取り、稜線脇のドリーネ付近から出流川方面に沢を下って標高450m付近で再度西方向にトラバースし、目的とする尾根に出た。ここまで至るルートは全域がほぼ杉の植林で、足を前に出すたびに花粉が土埃のように舞ってしまう。花粉症のメンバーにはなかなかつらいアプローチであった。

14:00、「羽鶴北の穴」に到着。
資料の洞口プロット位置がほぼ正確であったため、探索開始後程なくして千葉が洞口を発見。思いのほか立派な竪穴であった。
洞口は上下2段に分かれて開口しているが、基本的に単一の割れ目に沿って発達した穴のようである。深さは上の洞口からだと約9m。ホールドもある程度あるため、フリーでも降りようと思えば降りられそうだが、万一のことも考え、今回は洞口から内部をのぞき込むだけとした。2度と来ないかもしれないので簡易スケッチする。

14:30、「羽鶴北の穴」を出発。
復路はそのまま尾根を登り返して稜線へと戻るルートを取った。往路と比較すると、このルートの方がだいぶ楽なようである。
そのまま稜線を東に進み、「権現様(権現洞、三峰山の穴)」「月山様」への分岐点に到着。「月山様」へ向かうには、この分岐から北方面に進む旧道に入るのが最短であるのだが、分岐から数mでステンレス鎖の設置された急な降下道(というか崖)になり、しかも落ち葉がかなり堆積しているため滑りやすく、降りるのはなかなか勇気がいる。
それでも4人順々に下り、何とか鎖場の下端に到達した。ここには大木があり、事前情報ではこのあたりから「月山様」方面に向かう道があるとのことであったが、どこをどう見ても急な斜面があるばかりで道など見当たらない。試みに千葉が急斜面をトラバースし、先の様子を見に行ってみるが、やはり前方が崖になっているためそれ以上進むのは難しそうである。やむなくもう少し下ってみることとした。
大木からわずかに進むと「権現様」が開口しており、村野・山口が様子を確認。「権現様」に入洞するには錆びた鉄梯子を下る必要があるのだが、かなり老朽化していたため、洞口から内部を確認するのみとした。
結局、「月山様」に至る適当なルートが見つけられず、時間の制限もあるため今回も「月山様」へのアプローチは断念することとした。前回に引き続く敗退となってしまった。

15:30、旧道をさらに進み、「倶利伽羅不動(くりから洞)」に到着。
ここで2班に分かれることとし、櫻田・千葉は「天の岩戸」探索のため三峰山山頂に向けて登山開始。村野・山口は鍋山町門沢付近に下山した2人をピックアップするため、駐車場に戻ることとした。

16:20、櫻田・千葉は三峰山山頂付近に到着。
突然登山道がなくなり、あとはジオグラフィカ頼みで歩けそうなところを適当に進む。かつて門沢からのルートはメインルートであったと聞いていたので痕跡ぐらい残っているだろうと思っていたが、まったく道はない。等高線から判断して歩けそうな谷に入ると倒木地獄。続いてのイバラ地獄。顔や唇に血がにじむ。

16:30、村野・山口は駐車場に到着。
さすがにこの時間になると、駐車しているのは村野車と山口車のみであった。着替えをして鍋山町門沢方面に出発。田政砿業株式会社第1工場付近で待機する。

17:00、櫻田・千葉は石灰岩露頭の南端に到着。
この付近に「天の岩戸」があるようではあるが、日没まであと40分。さらっと見てから、今回も勇気ある撤退を開始する。

17:30、櫻田・千葉は予定通り田政砿業株式会社第1工場に到着。下山完了。村野車のピックアップを受ける。

18:00、御嶽山神社に戻り、宮司さんに改めてご挨拶を行う。社務所に上げていただき、お茶を頂きながら活動結果報告とヒアリングを行う。ヒアリング結果は次の通り。
・子供の頃、「奥ノ院洞」に石を投げ込むとしばらくの間落下音が響いていた。
・「羽鶴北の穴」のある尾根には、かつて出流川から三峰山に至る登山道が通っていた。
・「月山様」へは、以前は旧道の鎖場下端の大木付近から西方向に5〜6m進み、そこから斜面を下る道が存在していたが、今は崩れて埋まってしまったと思う。
地R元的佐野ラーメンランキング
(どのお店も美味しく僅差です)
1位  青竹手打ちらーめん 木挽亭
2位  さのらーめん 唐沢邸
3位  手打ラーメン 竹ノ屋
4位  佐野らーめん いたる
5位  一乃胡
6位  佐野青竹手打ちラーメン 押山
7位  青竹手打ちラーメン 麺や大山
8位  らーめん大金
9位  しまだや
10位 麺屋ようすけ 堀米店
11位 佐野山銀 本店
12位 ラーメン太七
・「月山様」は「権現様」よりも標高が低い場所に開口している。
・「ヒヨドリの穴」の洞口は、地権者が丸太で塞ぎ、その後土砂で埋まってしまったようだ。
また、別室に案内していただき、「月山様」を含む各洞窟の内部を写真に収めた額を拝見させていただいた。

18:30、出発。もはや暗黙のルールとなりつつある夕食=佐野ラーメンを食しに、佐野市内へと向かう。

19:30、櫻田チョイスのしまだやに到着。選定の決定打は「遅い時間まで営業している」ことであったようだ。
各自ラーメンと餃子を注文。スープはあっさりとしつつも風味豊かで、味わい深い逸品であった。餃子も大ぶりで食べ応えがあり、皆、満腹になってしまった。

20:00、出発。佐野スマートICから佐野SAに入り、流れ解散となった。
駒形石灰工業株式会社大釜工場 日鉄鉱業株式会社葛生鉱業所羽鶴鉱山 (仮)庚申塔の穴
「大釜・駒形石灰の穴」跡地 「大明神の穴」推定地 埋まった庚申塔の脇「(仮)庚申塔の穴」
八海山(八海洞) 奥の院 奥ノ院洞
スケッチする山口 日向ぼっこしながら昼食 極狭「奥ノ院洞」
羽鶴北の穴 権現様付近 しまだや
竪穴「羽鶴北の穴」 ステンレス鎖を使って旧道を降りる 12回目となる佐野ラーメン


「ヒヨドリの穴」については、前回活動においても埋没している可能性が高いと推測していたが、今回の宮司さんへのヒアリング結果から、それがほぼ確実であるといってよいだろう。
「月山様」アプローチについては、今回も敗退を喫することとなり無念と言わざるを得ない。再度アプローチ方法を検討し、捲土重来を期したい。
一方で「羽鶴北の穴」を確認できたことは大きな収穫であった。
また、「天の岩戸」はおおよその場所は特定できたことにより、三峰山から下るよりも門沢から登る方が早いことが分かった。
三峰山域の未確認洞窟は「入大沢洞」「ヒヨドリの穴」「天の岩戸」と残り3つとなった。ヤマビルの活動が本格始動する前に、再度調査を行いたい。(文責 村野哲雄・千葉伸幸)

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