葛生石灰岩地域は1970年代に津田塾大学探検部、1980年代に洞窟学研究会とコンサルタント会社(明治大学地底研究部が協力)、1990年代に亀戸ケイビングクラブ、2000年代に横濱ケイビングクラブによる調査が行われているが、洞窟位置図が間違っていたり曖昧だったり、洞窟内外の様子が変わってしまっていたりする。これまでの各報告書を統合し、最新情報に更新した地域調査報告書の発行を目的として活動を行うことにした。
2026年1月の地R元第430回CAVINGの続きである。
22日6:00、細野が千葉宅に到着。まだ暗闇のなか、細野車(JB74Wジムニー)に装備を積み込んで出発。
6:10、ローソン 国立インター店で朝食を購入。そのまま中央自動車道・国立府中ICから首都高速自動車道、東北自動車道と進む。今月も会話は同学年の息子たちの高校受験。
7:35、北関東自動車道・出流原スマートICで降りる。
7:40、磯山弁財天に到着。
山門付近にある1890(明治23)年発売「下野國安蘇郡出流原磯山辨財天眞景全圖」の再撮影。う〜ん、本物を入手したい。
続いて1895(明治28)年には「觀音窟」があった東方向を偵察。宮田石灰株式会社、荻野石灰工業所と並んでいるが、共に石灰石採掘はしていない様子。この裏山(鉱山跡)に洞窟はあったのだろうと結論。
なんとなく付近の豆心フーズ 佐野工場や割烹旅館公園荘、赤見温泉フィッシングフラワーパークを見学。
8:10、「磯山山頂の穴」のGPS座標再測定のため、出流原弁天池側から磯山三峰神社登山道を登り始める。
約10分で洞窟に到着。やはり国土地理院地図の登山道が違っているようである。
8:20、「磯山弁財天の穴」に立ち寄る。改めて金精様(男根像)を愛でる。
なんとなくお堂の中も覗き込むと、白い宇賀神像が鎮座。老翁の頭にとぐろを巻いた蛇身で、かなりシュールである。
先月会ったS島さんいないねぇといいながら下山し始めると、正面からS島さん登場。雑談後、改めて次のことを教えていただいた。
・「磯山弁財天の穴」は単に「風穴(ふうけつ)」と呼んでいる。
・1978年頃、「磯山弁財天の穴」に金精様(男根像)を設置したのはホテル一乃館先代社長。境内も整備した。
・「觀音窟」は知らない。
・永島石灰鉱業株式会社が一番手前にあった(永島石灰、宮田石灰、荻野石灰の順)。
お礼を言って別れ、駐車場でS島さんの相棒からも話を聞いて終了。
9:00、磯山弁財天を出発。
9:15、佐野市白岩町に到着。
空地に駐車して「白岩洞」があったと思われる場所に行くと、やはり鉱山跡のようであった。採掘場はかなり小規模である。
付近を観察してから車両に戻ると地権者と遭遇。趣旨を伝えると、親戚であるY塚氏のお宅へ連れ行っていただいた。突然の訪問にも関わらず温かく迎え入れていただき、お茶をいただきながら次のことを教えていただいた。
・鉱山跡には洞窟があった。特に名称はない。
・清水石灰工業株式会社野上鉱山があり、1975年頃に石灰採掘により全体的に洞窟を埋めた。
・1955年頃、子供であったY塚氏が照明を使わずに入って遊んだ。
・洞窟は奥行き20〜30m、天井高は立って歩ける高さ。鍾乳石があり、コウモリがいた。
お礼を言って退出、車両に戻り、狩猟者と共にいた地権者と世間話をしてから出発。
10:00、2分で宇都宮神社に到着。隣接するKG家へご挨拶に伺うと、今回は宮司さんがご在宅であった。前回見落としていた「白岩金毘羅の穴」のことを聞くと、地権者であり、洞窟にある金刀比羅宮を管理していたとのこと。案内していただけることになった。アポなしなのにありがたい。
宮司さんから次のことを教えていただきながら、医師神社(薬師堂)の方からアプローチ開始。
・宇都宮神社は白岩大明神であり、古くは白岩神社と呼ばれる。
・宇都宮神社の裏手、金刀比羅宮のある石灰岩岸壁が地名由来であり、昔はクヌギ林でよく見えた(現在は未間伐の杉林)。
・金刀比羅宮は医師神社と共に宇都宮神社宮司が御幣をあげていたが、前者は2020年頃に防獣フェンスが設置され直登できなくなったことから、後者は2024年1月に辞めた。
・付近では不動明王は祀られていない。
・どの洞窟も名称はない。
10:30、道なき道を進み、宮司さんは2回ほど滑りながらも金刀比羅宮に到着。石祠には象頭山(ぞうずさん、訛ってぞぞさん/琴平山=金毘羅山のこと)と刻まれている。
まずは石祠の裏手を除くと、溶食され暗部があるが規模的に洞窟ではない(2m以下)。しかし、石祠の右手に貫通洞、左手に2つの洞窟があった。この左の洞窟が規模的に「白岩金毘羅の穴」のようである。その上のテラスも怪しいが、フリーでのアプローチは困難なために今日は見なかったことにする。
宮司さんには先に帰ってもらうこととし、いずれも測量図がないことから3つの洞窟測量を開始。「白岩金毘羅の穴」は総延長5.4m・高低差2.0m、「白岩金毘羅の穴第2洞」は総延長4.2m・高低差1.8m、「白岩金毘羅の貫通洞」は総延長2.3m・高低差0.1mであった。
12:10、測量完了。
下山しながら隣の岸壁を確認。溶食され、フローストーンもあるが、規模的には洞窟でないためホッとする。
立ち寄った医師神社(薬師堂)の洞窟は、不動明王を祀っていないことが確認できたため、洞窟学研究会の「白岩不動の穴」ではなく「白岩神社の穴」を正式名称とした。
そのまま付近を探索、「白岩神社横の穴」と「白岩神社の洞口穴」以外には洞窟がないことを確認。洞窟学研究会の「白岩神社の穴」は「白岩神社の洞口穴」と同一であると結論付けた。
12:50、KМ家にご挨拶。旦那さんは風邪気味にも関わらず対応して頂いたが、特に新しい情報は得られず、前回聞いた竪穴もおおよその場所さえわからなかったことから聞かなかったことにする。
13:00、KG家に下山報告。そのまま宇都宮神社境内をくまなく案内してもらう。
宮司さんは現在、作原町の宇都宮神社も御神楽町の宇都宮神社も管理しているらしい。これらの宇都宮神社は関係がなく(祭神はそれぞれ違う)、たまたまということであった。
13:30、宇都宮神社を出発。
昼食をとる場所は限られているため、ダメもとで葛の里壱番館内の麺や 赤堀へ向かう。
13:45、麺や 赤堀に到着するも売り切れ。となると選択肢はほぼない。コンビニだけは避けたいので、隣のファストフード店もてなし家 赤部に入店。それぞれ味噌かつバーガー(370円)、いもフライ(120円)を購入して車内で昼食。意外と美味しくて満足。
14:00、午後の活動開始。
14:05、「宇津野洞窟」に到着。細野は観光、千葉は周辺にてヒアリングを試みるが人気がなくて不発。
14:30、次の目的地である石越沢へ向かおうとしていたところ女性を発見。声をかけ、旧:泉石灰工業株式会社会沢鉱山の場所を尋ねると、すぐ先にある住友大阪セメント株式会社(現:泉工業の親会社)を教えていただいた。
現地へ行ってみると、そこは唐沢鉱山であるため空振り。ここではない。
しかし、当初の目的地である石越沢の入口は確認。やはり直前から鉱区であるため、「石越沢第1洞」「石越沢第2洞」へは入域不可能であった。
栃木市鍋山町へ移動開始。
15:00、「薙碧洞」に到着。佐野市葛生大会巡検プレ4(地R元第413回CAVING)では対岸からかろうじて洞口確認したのみだったが、草や葉が枯れているために丸見えである。
対岸に渡り、GPS座標測定と洞口写真撮影後に入洞。車両にヘッドランプを置いてきてしまったため、スマホランプで洞内を確認。石仏は2体あり、1体は不動明王であった。
洞窟プロット図とは違う場所だが、亀戸ケイビングクラブの「火星洞」と酷似していることに気が付く。「薙碧洞」と「火星洞」は同一洞窟であった。
15:15、次へ移動開始。
15:20、羽鶴橋に到着。この付近には「大明神の穴」があるはずであるが、日鉄鉱業株式会社葛生鉱業所羽鶴鉱山という文字が立ちふさがる。仕方ないので、道路からおおよその位置を特定して終了。
15:40、次へ移動開始。県道202号線(仙波鍋山線)を戻る。
15:45、「弁天様の霊窟」「弁天様の水穴」に到着。こちらも佐野市葛生大会巡検プレ4(地R元第413回CAVING)で対岸から洞口確認したのみだったが、隣接していた岡田石灰工業株式会社が無くなっていたこともあり、今回は丸見えである。厳密には鉱区のような気がするが、更地になっており、柵や看板もないため洞窟まで行ってGPS座標測定と洞口写真撮影。
下の「弁天様の水穴」は完全に水が止まっていたが、信仰対象だったことからも、採掘前は豊富に湧き出していたのであろう。
比高6m上の「弁天様の霊窟」の前には石祠が設置されていたが、量販品のようでさほど古いようには見えなかった。
16:00、次へ移動開始。再び県道202号線(仙波鍋山線)を羽鶴橋方面へ戻る。
16:05、運転中の細野が洞窟らしいものがあったという。Uターンして行ってみると、埋もれた庚申塔の脇に洞窟があった。庚申塔は半分以上埋まっており、おそらく県道工事の際に洞窟と共に埋められたのであろう。よって、洞口は竪穴状となっており、洞口下部にはヒューム管が設置され、洞内の水が出流川へ流れるようになっている。洞床が泥ということからも、かつては水が湧いていたものと考えられる。
取りあえず「庚申塔の穴」と命名、測量は次回に持ち越しとして移動再開。
16:30、駒形石灰工業株式会社大釜工場に到着。ここは「大釜・駒形石灰の穴」があった所である。ちょうど鉱山関係者が帰宅するところだったのでヒアリングすると、場所を指しながらあったと聞いているが採掘したとのことであった。お礼を言って完了。
16:35、次へ移動開始。
16:45、「水木・村樫石灰の穴」付近に到着。鉱山跡を眺めるが、夕刻ということもあり洞口は確認できなかった。
次回もう一度、情報提供者に聞いてみることにして活動終了。速やかに佐野市内へ移動する。
17:30、麺屋 貴に到着するも、またまた閉店(完売)していた。3度目の空振りである。いつか食べられるんだろうか。
振替店の一乃胡に到着。人気店ということで待ちを覚悟していたが、すんなりと入店。
お好きな席にどうぞと言ったにも関わらず、間髪入れずこのテーブルを葺きますという謎のバイト娘。苦笑いしながら着席、ちゃーしゅーめん(1260円)と餃子3個(400円)を注文。煮豚は2種から選べるというのバラ肉を選択。
出てきたのは、ちゃーしゅーめんに煮豚(170円)をトッピングされたものだった。計5枚の煮豚祭り。頭弱いなこの娘。
オーソドックスな醤油ラーメンを注文したが、ほとんどの客がごまらーめん、ごまラー油らーめんを選択。次回はこちらを注文してみよう。
18:15、移動開始。東北自動車道・佐野SAスマートICを目指す。
18:30、佐野SAにてお土産を物色。結局、桜あんぱん(900円)を購入。
21:00、首都高速自動車道、中央自動車道・国立府中IC経由で千葉宅に到着。解散。
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| 「白岩洞」があった鉱山跡 |
「白岩金毘羅の穴」 |
「白岩金毘羅の貫通洞」 |
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| 「白岩金毘羅の穴第2洞」 |
信仰洞「薙碧洞」 |
流出が止まっていた「弁天様の水穴」 |
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| 信仰洞「弁天様の霊窟」 |
「庚申塔の穴」 |
11回目となる佐野ラーメン |
帰宅後に調べたところ、「庚申塔の穴」は津田塾大学探検部が確認、「無名洞bQ」と報告していた洞窟であった。測量すると共に埋もれた庚申塔自体についても調べなければならない。(文責 千葉伸幸) |