タイトル 地底旅団ROVER元老院第41回CAVING
サブタイトル 第6次奥多野ちゃんから穴調査
分 類 調査(測量)ケイビング
入洞洞窟 ちゃんから穴(珍空洞、チャンカラ洞)
日 程 2000年12月2日(土)〜3日(日)
参加者 千葉、細野、小園、黒田 以上4名
猪肉
これがイノシシ肉だ!
ちゃんから穴
右端が狭洞拘束娘
ちゃんから穴・第7洞口
測量開始
立処山麓の食事処「木古里」の主、高橋隆氏所有の未測量の洞穴があると聞き、測量許可を得た。
後日調べてみると、1984年に明治大学地底研究部が測量、「群馬県洞穴地域調査報告書 中里村(叶山・立処山)編」として報告してることが分かった。
しかし、当時と比べて国道拡張工事のために洞口が増えており、また縦断面図もなく総延長も約300mとの報告であった。さらに高橋氏の強い要望もあったため、測量対象に十分値すると判断した。


2日17:30、秩父夜祭りの渋滞に巻き込まれながらも細野・黒田が現地に到着する。
高橋さんに挨拶するとイノシシ肉や自家製キノコなどをたくさん頂き、さっそく鍋の準備をする。

23:00、千葉・小園が到着。みんなでボタン鍋を堪能する。

25:30、ミーティング後に「木古里」にて消灯した。
3日6:00、起床。イノシシ煮込みうどんの朝食後、準備、洞口へ向かう。

8:30、測量を開始する。今回の体制は平面スケッチ千葉、断面スケッチ小園、コンパス細野、メ ジャー黒田。千葉がコキクガシラコウモリ・コロニーに有無を確認してから、「岸壁洞口(第2洞口)」より「山の神洞口(第6洞口)」への接続を行う。今回の測量箇所も複雑にループしており、なかなか1基線を長く取ることが出来ない。

11:30、キリの良いところで小園・黒田が出洞、千葉・細野は数ヶ所ループを確認してから出洞し、早めの昼食を取ることにした。

14:00、測量を再開する。2ヶ所をループさせる。

15:00、黒田が崩落による狭洞拘束事故に遭う。場所が場所なだけ救助には困難を極めたが、1時間後にはセルフレスキューにて事なきを得た。
その後、ショック状態の黒田に小園を付き添わせ出洞。千葉・細野は残りの測量を行う。

18:00、全測量を終了、出洞した。
「木古里」へ戻ると夕食のお誘いがあり、ありがたくご厚意に甘える事にする。食べきれないほどのご馳走を頂き、隠し芸大会も開かれて大変楽しいひとときを過ごした。ありがとうございました。

25:30、再び秩父夜祭り渋滞に巻き込まながら帰宅した。


今調査で測量は完了した。総延長462.4m、高低差49.7m、設置ポイントは155ヶ所、延べ人数は30名の測量であった。当初は何処にいるのかわからなかった洞穴だったが、細かなループも全て把握でき、改めて複雑な竪横複合洞であったと実感している。次回は補足測量、洞内生物採集2、写真撮影、洞内記載、マーカー撤去、清掃を行い、報告書を作製する予定である。(文責 千葉伸幸)


【2000年12月ちゃんから穴狭洞拘束事故報告】

発生日時 2000年12月3日15:00頃
場 所 群馬県多野郡中里村・ちゃんから穴
洞口から最短ルートで22.9m地点の狭洞(本洞からは5.2m)。平均洞幅50p、天井高50p、+30度勾配。洞床は母岩。本洞から1.6m地点は狭くなっているため小柄な者しか通過できず、事故発生地点も黒田のみがぎりぎり通れる程度である。
事故当事者 黒田さち子(身長156p、入洞経験日数約50日)
事故発生経緯 測量調査のため、メジャー担当の黒田が狭洞へ入洞した。続いてコンパス担当の細野も入洞を試みるが、 本洞から1.6m地点で肩が通らず断念、変わりに平面スケッチ担当の千葉が後を追う。本洞から5.2m地点(事故発生現場)は更に狭くなっており、約60度で屈折している。 黒田は上半身を入れ懸命にもがいて突破に成功、その直後、天井部が剥離、黒田の左膝下に長径70pの岩がのしかかり動けなくなった。
救助状況 千葉が黒田に状況を聞くと、足首に岩がのって動けず、かなり痛いという。 まずは足を抜かせようと、ヘルメットをはずして作業へ向かう。狭すぎて作業体制を作ることもままならない。何とかほんの少し岩を浮かせることに成功、黒田が無理矢理に足を引き抜いた。
この岩は長径70p、短径50pあり、狭洞部洞幅40p、天井高40pの退路を完全に埋めてしまっている。押してみるがとにかく重い。黒田に洞奧に脱出ルートがないかと聞くと、狭洞の竪穴があるが通れない泣きながら言う。パニック状態になっているようである。 そこで、岩の除去作業を行うことにする。サイズ的に手前へ搬出することは不可能である。タガネを車に取りに行かせることも検討するが、狭すぎてとても力を入れてハンマーを振ることはできない。
そこで、洞奧へ寄せて黒田を通過させる方法を試みる。 黒田を励ましながら何とか少しずつ寄せることに成功するが、黒田が通過出来るような退路は確保できなかった。 しかし、この作業によって岩の一部が欠けたことに気付き、今度は洞壁に打ちつけて少しずつ砕く方法を試みる。20分後、完全に砕くことに成功、全ての礫を狭洞から搬出して、事故発生から約1時間後に無事救助した。
当事者心理

狭洞部をもがいて突破すると、突然、膝下に「どしっ」と重みを感じて動けなくなった。 何が起こったのか一瞬よく分からなかったが、すぐに「まずいことになった」と感じた。 もがいてももがいても足が抜けず、どんどんパニック状態になる。 足は岩と洞床に挟まれてすごく痛い。救助にきた千葉が少し岩を浮かせたことにより何とか足を引き抜くことに成功したが、 振り返ると退路が完全に塞がれているではないか。下からは必死に動かしたり砕こうとしているが、 岩が大きすぎる。「動かしても意味ないし、絶対そんな岩砕けないよぉ。もう無理だよぉ。」 「後藤さんとかがレスキューに来ちゃったりするのかなぁ。」「あぁ、出れるのかなぁ。」などと次々浮かぶ。「あぁ、もうだめだあぁ。」と半ばあきらめ始めた瞬間、岩に亀裂が入っているのが見えた! 「あっ、亀裂入ったよっ!」と言う間もなく岩を砕くことに成功、 「もう大丈夫だよ」と声をかけられやっと安堵することができた。
狭洞部からは、また岩が落ちてくるんじゃないかと不安になって急いで出洞した。そしてメンバーの顔を見ると、ほっとして涙があふれ出た。調査合宿などで狭洞突入時、「何かあっても助けらないからな、気をつけろよ。」とよく言われるが、「ああ、こういう事か。」と身をもって実感することになった。

負傷状況 左膝下に直径7pの痣、ほか挫傷・擦傷多数。通院はなし。
問題点 1.活動計画での問題点
「ちゃんから穴」は複雑にループしているスポンジ状の竪横複合洞である。そのループの多くは身体がやっと通る程度の狭洞で、急斜洞や竪穴部もある。また、場所によっては外気に影響されて非常に乾燥している。小規模ながら、危険な個所も多い洞穴である。
それにも関わらず、千葉が10回目、細野・小園は5回目、黒田は4回目の入洞で洞内環境を熟知しているというおごりから、安全面に関しての事前ミーティングは行わなかった。

2.活動中の問題点
事故発生現場である狭洞は、付近に複数洞口が開口しており洞内が著しく乾燥してい る。当然、崩落の危険性を考慮に入れて活動しなければならなかった。各自が慎重に判断、更にCLが洞内状態の確認する事を徹底させていれば、無理に突入することもなかったであろう。

3.救助の問題点
今回は事故発生から救助まで1時間という短時間であったが、事故当事者はパニック状態に陥った。救助者も1名での作業であったため、声をかけて冷静にさせる余裕があまりなかった。
考 察 今回は大事には至らなかったが、各自の洞内事故に関しての認識の甘さが明るみに出た。今後はセルフレスキューや洞内サバイバル訓練を行い、またCRAや他団体のレスキュー訓練に積極的に参加していくべきであろう。
また、狭洞活動時には、タガネ&ハンマーを使用出来ないことも考慮し、救助用としての小型削岩機を常備しておくことも検討しなければならないであろう。

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